和田竜二騎手 悲痛。テイエムオペラオー(世紀末覇王)の死去(死因)。獲得賞金・戦績・経歴

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和田竜二騎手 悲痛。テイエムオペラオー(世紀末覇王)の死去(死因)。獲得賞金・戦績・経歴

99年から01年までG1レースで最強を誇ったテイエムオペラオーが、
5月17日の2時半に急死しました。
死因は心臓まひでした。
22歳という年齢で亡くなった伝説の馬ですが、
その悲しみの声は、メディアで多く広がっています。
特にテイエムオペラオーに乗っていた、
和田竜二騎手も、悲痛のコメントを残しています。

和田竜二騎手の悲痛。テイエムオペラオーの死去

オペラオーのキャリアの全てに関わった和田騎手ですが、
現在でも記憶に強く残り馬として、ずっと気にかけていたそうです。
オペラオーが引退した後も、何度も牧場まで会いに行ってたそうです。
和田竜二騎手は東京競馬で取材に応じ、
そこで、深い悲しみを感じる、
悲痛のコメントを残しました。
「土曜(19日)の最終レース後に知った。突然のことで、大きなショックを受けている」
「引退後は何度か牧場に会いに行って、元気なオペラオーにかまれたこともある。近い世代の馬(スペシャルウィーク)が亡くなったばかりなので、気にはしていたが、ずっと元気でいてほしかった。記憶にずっと残る馬。また思い出しながら、騎手をやっていきたいし、これからも天国から見守ってほしい。花を手向けにいきたいと思います」
ずっとオペラオーのことは忘れないでしょうね・・・。
最期は2度、3度起きようしたものの、あっという間に眠ってしまい、そのまま起きることがなかったそうです。
今後は白馬牧場にて石碑を建てる予定だとか。
非常にファンの多い馬で、現在までに引退後に、牧場の見学者がオペラオーに気づくことが多くあったそうです。
牧場や騎手の中だけでなく、馬が好きなファンの心の中にも、永遠に残るような馬だったのでしょう。。
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和田竜二騎手のプロフィール

国籍 : 日本
出身地:滋賀県
生年月日 :1977年6月23日(40歳)
身長 165cm
体重 50kg
血液型 O型
和田竜二さんといえばファンサービスが素晴らしいと評判の騎手です。
コスプレをしてファンを喜ばせたり、イケメンで端正なルックスで女性にも人気でした。
騎手としては、長年連れ添ったテイエムオペラオーでの賞金記録が評価されており、
共に競馬ファンの記憶に強く残っているのです。
2年前の2016年5月8日の京都競馬第6競走にて、
ウェーブヒーローで中央競馬史上30人目の通算1000勝を達成するなど、
そのキャリアの歩みは順調そのものです。
これからも注目されるべき騎手の一人です。

テイエムオペラオーの戦績と経歴

テイエムオペラオーは 浦河町にて1996年3月13日に誕生しました。
調教師は岩元市三さんで、
生産者は杵臼牧場です。
セリ取引価格は、
1997年北海道の10月市場にて、
1050万円でした。
馬主は竹園正繼さんです。
獲得賞金は18億3518円で、
通算戦績は26戦14勝でした。
初出場が1998年8月15日の京都。和田竜二騎手によって2位という結果を残しました。
最終出場は2001年12月23日の有馬記念で、結果は惜しくも5位でした。
最初から最後までテイエムオペラオーのキャリアに付き添った和田竜二騎手からすると、
今回の死去は、耐え難い悲しみであることでしょう。
シンボリルドルフに続いての中央競馬GI最多勝タイ(7勝)や、
2000年の年間無敗記録の達成など、多くの伝説を残しました。
また、獲得賞金の世界記録を長く保持
昨年2017年にドバイワールドカップでアロゲートが優勝したことによって、
記録は塗り替えられましたが、比較としてテイエムオペラオーの名前が出たことに歓喜する競馬ファンが多くいました。

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