西城秀樹 死去。死因は急性心不全。現在までに脳梗塞・右下半身麻痺

スポンサードリンク

西城秀樹 死去。死因は急性心不全。現在までに脳梗塞・右下半身麻痺「炎」「傷だらけのローラ」などで知られる、
歌手の西城秀樹さんですが、
今日、死去されたことが報道されました。

西城秀樹さんと言えば、
老人から若者まで、誰もが知るビッグネーム。

突然の死去のニュースに、
多くの方がSNSで悲しみの反応を見せてます。

西城秀樹さんは元々病気が多く、
再度のリハビリでステージに戻ってきましたが、
まさか、63歳の若さで亡くなることになるとは・・。

何度も復活を遂げた鉄人だけに、
今後も活動を続けてくれると期待していましたが、
とっくに限界を超えていたのです・・・。

西城秀樹 死去。死因は急性心不全

西城秀樹さんは2018年5月16日の、
午後11時53分に、
神奈川県横浜市内の病院にて亡くなられました。

西城秀樹さんが死去された理由は、
「急性心不全」です。

最近では多くの著名人が同様の死因で帰らぬ人となっていますが、
数々の障害を乗り越えてきた、西城秀樹さんの最後が、
そういう病気であることは、神様のいたずらのように感じます。

通夜は25日午後6時、
告別式は26日午前11時から、
いずれも青山葬儀所で営まれる予定です。

多くの著名人が集まることは確実ですが、
皆、生前にどのような付き合いがあり、
最後にどのような言葉を投げかけるのか気になります。

日本だけでなく韓国や中国でも人気の、
日本を代表する昭和のアイドルだっただけに、
その伝説の1つをなくしてしまったことはことは、
歌謡界にとっては大打撃です。

もっとステージに立って姿が見てみたいという欲もあれば、
ようやくゆっくり休めるのかと、
激しい歌手人生に、たくさんの感動を届け、
「ありがとう」を言いたい気持ちもあります。

スポンサードリンク



西城秀樹のプロフィール

本名:木本龍雄(きもと・たつお)

生年月日:1955年4月13日(63歳)

出身地:広島県広島市

学歴:明治大学付属中野高等学校定時制卒業

デビュー:1972年

西城秀樹さんは先月の13日に、
63歳になられたばかりでした。

小学5年生からバンドを始めて、
長い歳月、音楽に熱中し続けました。

家族の反対を押し切って上京し、
1972年に「恋する季節」でデビュー。

デビューに漕ぎ着くまでにも、
たくさんの努力をしてきました。

売れてスターになった後も、
ハングリーな活動を続け、
高齢になり、体が悪くなっても、
リハビリを経てステージに戻ってきました。

郷ひろみ、野口五郎とともに「新御三家」となり、
TBS「ザ・ベストテン」では2週連続「9999点」の満点という唯一の記録を打ち立てたり、
両腕を使って「Y.M.C.A.」を表現する振り付けが流行し、子供から大人まで親しまれました。

誰もが文句の言いようがないトップスターでした。

現在までに脳梗塞・右下半身麻痺

過去に西城秀樹さんは脳梗塞を発症さすなど、
数々の困難を乗り越えてきました。

2003年のディナーショーの後に、
脳梗塞で倒れて、言葉がうまく話せなくなっても、
気合のリハビリで現場復帰。

「あきらめない 脳梗塞からの挑戦」を出版しヒットさせました。

しばしばステージに戻りましたが、
2011年に再発してしまい、
右半身麻痺の後遺症が残っていたことがわかりました。

2018年の4月25日に入院し、そのまま帰らぬ人となってしまいましたが、
直前までは、本当にまた帰ってきてくれると信じていました。

近年、音楽番組に出演した際には、
露骨に口パクっぽいと顰蹙を買いましたが、
ファンの前にしっかり立とうとする姿は感動そのものでした。

スポンサードリンク



  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です