
巨人や日本代表の監督として活躍された原辰徳さん。
現役時代からイケメン選手として有名で、多くの女性ファンがいました。
原辰徳さんといえば、野球以外では、現在の嫁さんと劇的な結婚を果たしたり、その後に不倫関係で問題が起きたり、スキャンダルも多い印象です。
特に息子さんに纏わる噂や都市伝説は多く存在します。
今日は、原辰徳さんが結婚した嫁さんや、子供、過去の1億円事件について書いてみたいと思います。
原辰徳の嫁・松本明子との馴れ初めは大学時代。別の男と結婚も離婚→再会し再婚
原辰徳さんの嫁さんの名前は旧姓・松本明子さんです。
6歳年上の姉さん夫婦で、1986年の現役中に結婚しますが、結婚までの道のりは大変遠かったようです。
馴れ初めは大学時代で、二人は大学時代に恋仲だったそうです。
プロ1年目に明子さんにプロポーズしますが、父・貢氏に反対され、二人は破局してしまったのです。
結局、明子さんは別の男性と結婚してしまったのです。
原辰徳の嫁はバツイチ。離婚後に再会し復縁&再婚
父・貢氏さんに反対され、別れてしまった原辰徳さんと松本明子さん。
その後に明子さんは別の男性と結婚してしまいますが、すぐに離婚します。
離婚後に原辰徳さんと再会し、そのまま復縁し、父の反対を振り切って結婚したのです。
当時は原さんの略奪婚だという見方もありました。
二人の挙式には各界の大物が集結し、8年の長い恋を実らせた2人を涙ながらに祝福しました。
明子夫人も「彼についていくだけ」と涙を流していました。
まるでドラマのような結婚劇に、当時はメディアでも大々的に取り上げられました。
原辰徳の嫁・明子さんに元ホステス説?大学時代の夜遊びで出会った噂
ドラマのような素敵な結婚劇でありましたが、当時から明子さんには”ある噂”がありました。
それは、明子さんが”ホステス”だったという噂です。
そもそも、なぜ原さんの父が明子さんとの結婚に反対したのか?
そして、なぜ大学時代に6歳も年上のお姉さんと交際していたのか?
当時から二人の馴れ初めから結婚までの流れは、とても不自然に思われていました。
原さんに対して、大学時代から多額のお小遣いで遊んでたという噂もあった為に、学生時代の夜遊びで明子さんと出会ったのではないか?という説が出たのです。
今となっては、この話題をする人自体少ないですが、昭和の野球ファンの間では鉄板のトークテーマであります。
噂の真相は明らかになっていません。
原辰徳の不倫&1億円ゆすられ報道。バイト女性を妊娠し認知さず中絶?
現役時代から球界のアイドル的存在であった原辰徳さん。
実は現役中の女性問題を巡って、時差で大事になったことがあったのです。
2012年に週刊文春で報じられた「1億円恐喝事件」です。
原さんが現役中の80年代に関係にあった女性の日記を巡って、2000年代に暴力団が日記の存在を弱みに原さんから多額のお金をゆすったという事件です。
原さん本人も報道の一部を認めるコメントを出していました。
原監督は「ファンの皆様へ」と題した異例の書面を発表し「1988年ごろ、私はある女性と関係を持ちました」と不倫関係を認めた。
「ゆすられていると思い、不安を感じた一方、私を助けてくれるのだとも解釈し、要求された現金を渡しました。苦渋の決断でした」と続けた。
そして「私個人の不徳の致すところ。ファンの皆様、大変申し訳ありませんでした」と騒動を謝罪した
20年前の問題でゆすられた事実もすごいですが、当時のスターだった原さんがホテルのバイト女性と不倫関係にあった事実もすごいです。
ただ、この原さんの1億円スキャンダルは、巨人軍が一部否定しており、当時の週刊誌の報道がすべて真実ではないようです。
原辰徳1億円恐喝事件の詳細。ホテルバイト女性を捨てて恨み辛み?
2012年に週刊誌に報じられた原監督の1億円事件。
勘違いしてはいけないのは、不倫があったのは80年代、暴力団に1億円をゆすられたのは2000年代、週刊誌に大きく報じられたのは2010年代と、時差が凄まじいことです。
事件の詳細は原辰徳さんが1988年に兵庫県のホテルスタッフの女性と不倫関係になったことから始まりました。
不倫関係は終わったものの、その当時に女性が記したという日記の存在で2006年にゆすられ、結局現金1億を暴力団に払ったとされています。
日記の内容には、妊娠したこと、認知せずに中絶したことなどが書かれていたとされています。
不倫相手の日記には妊娠発覚後に会うのを拒絶された記述も巨人側は嘘だと否定
当時、巨人で監督をしていた原さんからすれば、日記の内容はどうしても公に出て欲しくなかったことでしょう。
脅された2006年は、息子は高三で慶應義塾大学に進む直前で、甥っ子の菅野智之さんは高校2年生でプロ野球を目指す上で大切な時期。
日記の内容が世に出て困るのは、本人だけではなく家族も同じだったということです。
ちなみにその日記の内容の一部は、週刊誌に載りました。
’91・9・15《マサカのニンシン。7週4日だということ。逆算すると相手は8さん(原監督の背番号)で、ALL STARの日。8さんとはありえナイと思ってたのにィ。この間「しおどき」「別れ話」が出たあと。信じられナイ。全然気付かなかった。話さなきゃ。自分ひとりだけでじゃあやりきれナイ。でも話したら、もう完全に終わりになるんだろうなぁー。「遊びだった」のに、向うにしたら困るんだろうなぁー。でも、私だって困るから。どうなるんだろう》
’91・9・20 HIROSHIMA《行ってうちあける。でも、会えず。Telで話しただけ。どうして会ってもらえナイのか、ぜぇーんぜんわからなかった。何故会えナイかは、教えてくれたけど、納得はできない。それに何も言えなくなってしまう。さいごのさいごまでむこうが決めたとおり顔もみず。こんなことがあってもサイゴじゃナイらしい。顔もあわすしどこかで会えば「よー元気かぁー」とも。「今までどおりとはいかナイけど」…「オマエのことは記憶から消えナイし消すつもりもナイ」「孤独に思わなくていい。何んでも相談すればイイ」。キレイすぎる。それに顔もみず会えなかったことは孤独のなにものでもナイんだけど。さびしい。ただそれだけ》
日記自体はシュレッターにかけられ処分されたそうですが、一部のコピーが残っていたそうです。
ちなみに女性は中絶した後には、”気が晴れた”として、子供に未練はない感じでした。
原監督は脅し相手が暴力団だと知らず。その後の報道に偽りが多く真相は謎
2006年に1億円をゆすられ、その件が報道されたのは6年後の2012年でした。
当時の原さんは、ゆすってきた相手が裏社会の方とは知らなかったということで、社会的勢力との関わりを禁じた野球協約に違反していないという解釈でした。
ちなみに巨人は週刊誌の報道内容を否定しており、週刊誌が巨人軍に日記のコピーを入手した旨を伝えると、
「原監督と女性に関する質問内容は事実に反しており、前号に記載された巨人広報のコメントは歪曲されている。資料の真偽確認に関する貴誌の対応は非常に不誠実であり、一連の対応に強く抗議します」(読売巨人軍広報部)
とのコメント。
さらに、巨人軍は週間文春に対し名誉毀損で訴訟を起こす予定であると発表していました。
原辰徳の息子"嘉宏"。長男の学歴は慶應系列!甥っ子の菅野の1世代年上【家系図】
原辰徳さんは1988年に嫁・明子さんとの間に第一子の息子・嘉宏さんが誕生しています。
顔は父に似て爽やか系のイケメンであります。
名前 | 原嘉宏 |
生年月日 | 1988年3月35日 |
出身地 | 東京都 |
血液型 | AB型 |
学歴 | 幼稚園から慶應系列(大学で退学) |
慶応幼稚舎からエスカレーターで慶大文学部まで進学するという”ザ・慶應ボーイ”ですが、大学は退学しています。
原辰徳の家系図。長男・嘉宏は甥っ子の菅野智之より1つ年上
誕生日の1988年の3月なので、巨人では坂本勇人さんと同世代ということになります。
同じ巨人で共にした菅野智之さんが姉の子供(原さんの甥っ子)なのは有名ですが、菅野智之さんと息子・嘉宏さんの関係も近いです。
甥っ子の菅野智之さんは1989年生まれなので、嘉宏さんの1つ下の世代となります。
1歳しか歳が変わらず、子供の頃から親戚として顔を合わせているので、菅野さんにとって嘉宏さんはお兄さんのような存在であることでしょう。
原さんが菅野さんを我が子のように可愛く思えるのも当然ですね!
そして、息子・嘉宏さんと同世代で、10代の頃から出場を続けた坂本勇人選手のことを手塩をかけて育てたくなった理由も分かります。
息子・嘉宏に薬物疑惑。現在は起業して社長?飲食店などの仕事歴。ジャニやガーシー”てんちむ”との関係
原辰徳さんの息子・嘉宏さんは、慶應系列という華麗な学歴を誇りますが、就職活動の方はうまくいかなかったようです。
ある週刊誌では、父のコネでフジテレビに入社しようとしたものの、大学を中退して高卒だった為に失敗したとあります。
中退後はニートだった時期もあったそうです。
AKS(AKBグループ運営会社)に就職したのでは?という噂もあり、無断遅刻や欠勤を繰り返してクビになったとされています。
現在の仕事について、2010年12月から株式会社MAMIROの代表取締役を務めており、麻布十番にあるフランス料理店「嘉MAMIRO」を経営するオーナーになっています。(現在は銀座に移転)
ワインの輸入などを手掛ける会社でもあるようですが、資本金の1000万は父の提供との憶測です。
Facebookでは父親の原辰徳監督のマネジメント会社「株式会社エイトコーポレーション」を勤務先として書いていました。
息子・嘉宏は港区(六本木・麻布)で有名な遊び人?豪快な交友関係(赤西軍団、ガーシー一派、てんちむ、高部あい)
嘉宏さんは父の影響で子供の頃から野球をやっていた時期もあったそうですが、野球の方は途中で放棄してしまったようです。
学生時代から数百万の多額の小遣いをもらって豪遊しており、それが退学の原因になったとされています。
若い頃から港区中心に遊び回り、一時期は赤西軍団に加わり、ちょっとした財布的な扱いをされていたとのことです。
原監督は選手の身だしなみに厳しいことで有名でしたが、2009年の巨人V旅行に息子が来た際は、息子は茶髪でチャラチャラした外見で関係者を唖然とさせました。
また、2022年には暴露系ユーチューバーであるガーシーさんの動画の中で名前が上がり、”やっぱり素行が悪かったのか”と再認識されました。
悪い噂の多い”てんちむ”さんとの遊び仲間だったことなども暴露されていました。
薬物逮捕の高部あいとの交友関係から薬物所持や使用が疑われる
原さんの長男・嘉宏さんは過去に薬物での逮捕が疑われました。
2018年には家宅捜索や尿検査をされてたと報じられました。
4月、厚生労働省の麻薬取締部がA氏に接触し、家宅捜索や尿検査を行っていたという。しかし検査結果は“シロ”で、自宅からは薬物使用の証拠となるような押収物も一切見つからなかったそうだ。
同日、ダイジェスト記事がネット配信されると、「Aはいかにも怪しい」といった声が噴出。以前からA氏は、薬物で逮捕された高部あいとの交流がささやかれており、また茶髪にロン毛という、原氏からは想像もつかない派手なルックスが注目を集めていたのだ。
「記事内でも触れられていますが、A氏は原氏から渡されたとみられるカードを使い、六本木など、夜の街で豪遊を繰り広げていたそうです。若手アイドルの“パトロン”のようなこともしており、大勢の芸能人とつるんでいたとか」(テレビ局関係者)
尿検査の結果はシロ、自宅からも薬物などは見つからなかったようです。
疑われた理由としては、後に逮捕された高部あいさんとの友人と関係が深く、その友人が原さんのカードを使用していたことで関与が疑われていたのです。
捜査の結果、原さんはシロでしたが、数年後に沢尻エリカさんが逮捕された際にも再び関与が疑われていました。