内田裕也さんといえばロッケンローの合言葉で馴染みのあるロックなおじ様です。
最近になって長年異色の夫婦仲として知られた樹木希林さんが亡くなったことで、再び脚光を浴びてます。
そもそも内田裕也さんといえば、近年、やんちゃなイメージしかありません。
長くロックアーティストとして露出してるイメージもありませんが、昔は立派なロックスターとして活躍された方だったのでしょうか?
内田裕也の若い頃がイケメン(画像)
内田裕也さんの幼少期は意外にも普通の少年だったようです。
勉強も部活もそれなりにこなし、特に中学ではラグビー部、高校では野球部だった経歴は意外性あります。
それでも高校時代にエルビス・プレスリーに出会ったことで、彼のロック人生が始まったのです。
大学を中退してすぐにロックバンド「ブルー・キャップス」を結成、ロックな日々に明け暮れたのです。
若い頃の音楽の経歴を見てると、かなりの大物ミュージシャンと一緒に仕事をされており、30代の頃には正真正銘の「音楽会の大御所」になっていったのです。今では想像もできないですね・・・。
さらには俳優としても活躍していたようで、代表作も多くあります。
昔の写真を見てる、内田裕也さんはダンディでかっこいい青年だったことがわかります。
こんなイケメンだったなんて、今では想像もできませんよね・・・・。
俳優としても続々と仕事が入っていたということで、その演技力やビジュアルの良さは業界でも評判がよかったみたいです。
やはり、俳優としての内田裕也さんがいたからこそ、後の樹木希林さんとの出会いに繋がったのでしょうね!
内田裕也のプロフィール
生誕 1939年11月17日(78歳)
出身地 日本 兵庫県西宮市
ジャンル ロック、ロカビリー
職業 歌手
音楽プロデューサー
担当楽器 ボーカル
活動期間 1959年 -
内田裕也と樹木希林との馴れ初めと別居まで
実は樹木希林さんは内田裕也さんと結婚する前は、
別の俳優の方と結婚していたのです。
つまりバツイチで2回目の結婚が内田裕也さんなのです。
内田裕也さんと樹木希林さんの馴れ初めは、
希林さんがドラマ撮影をしていた現場を、
内田裕也さんが覗いていたことから始まったそうです。
一生懸命に口説き、約半年間の交際を経て1973年に再婚したのです。
互いに惚れて、勢いで突っ走るように結婚したそうです。
しかし、裕也さんと希林さんはわずか1年ちょっとで別居。理由はDVだったそうです。
その後40年以上も別居を続ける夫婦に。
新婚当初の2年くらいしか一緒に生活していなかったというくらいで詳しい話は分かりませんが・・・
ちなみに内田裕也さんと希林さんが離婚できない理由に、
「内田ほど何をしでかすかわからない、これほど退屈しない人間はいない。まあ好きといえば内田裕也という人間のすべてが好きなんでしょう」
「内田裕也の全てが、好きです。全てが…。」
「もし生まれ変わっても内田と出会いたくない。彼と出会ってしまえば、また好きになって大変な人生を送ることになるから」
こんな名言を希林さんが残されています。
実は離婚が成立しない理由などがたくさんあるみたいですが、一周回って互いに真実の愛にたどり着いたようです。
過去に裕也さんが窃盗にあったときに、希林さんがから頂いたモノだけは返せと訴えたことがありました、他の金品はどうでも良いからと。
「お前が盗んでいった物の中に時計があるだろ。ありゃあ俺の女房からのプレゼントなんだよ」
「金なんかどうだっていいからよ。あれ(時計)だけは返せ。俺んちのポストにでも入れとけよ。ヨロシク!」
散々、不倫やらの問題がありながらも、何かブレないものがあるのが素敵ですね!
さらには、
「結婚は一度きりだ」「築地本願寺で(式を)挙げたが、僕なりにそこで誓ったので。そういうわけで今後一生、僕のほうから「離婚してくれ」ということは絶対ない。」とまで語っています。
「いつかは本当は樹木希林さんと也哉子、そして本木雅弘と全員で家族一家で…銀座を歩きたいとは言わないが、どこかで会食をして打ち解けるような時がくれば、俺の中で幸せな時間だなと思っている。」
徹子の部屋に夫婦揃って出演したときには、
家族のことが大好きなことを暴露されていました。
また、若い頃から希林さんが美人なのにおばあさんの役ばかり演じてることに悲しそうなことを言っていました。。笑
本当は本当に大好きなふたり、ロックな2人のジェットコースターのような人生は、正真正銘の「ロック」出会ったことでしょう。