川添象郎と嫁/小出明子(アッコ)と子供の現在。若い頃の結婚歴と離婚歴

川添象郎さんといえば、日本が世界に誇る音楽プロデューサーです。

これまでに多くのヒット曲をプロデュースし、2008年には青山テルマ feat.SoulJaそばにいるね』 をプロデュースし、”日本で最も売れたダウンロードシングル”としてギネスに認定されました。

私生活では多くの美女と結婚と離婚を繰り返し、有名作品「アッコちゃんの時代」に登場する女性は川添象郎さんが3回目に結婚した元嫁がモデルとなっています。

川添象郎さんの現在の嫁や子供、元嫁や元不倫相手など、人数が多過ぎて分かりにくいので、ここで簡単に分かるように簡素にまとめてみたいと思います。

また、元祖”港区系女子”の原点にして頂点である、小出明子さんについても触れてみます。

その手前、川添象郎さんがどれだけ素晴らしい人なのかということも書いてみたいと思います。

川添象郎は経歴・プロフィール。父・祖父の家系がすごい!

名前 川添象郎(別名:川添象多郎)
生年月日 1941年1月27日
血液型 B型
職業 音楽プロデューサー
出身地 東京都

川添象郎さんは華麗な家系の元に生まれたエリートです。

日本のエリートの典型である、應義塾幼稚舎慶應義塾中等部を経て慶應義塾高等学校に進学してます。

高校に関しては母がカトリック系だったことが影響してラサール高校に転校し、さらにその後は和光高校に転校しています。

意外にも大学には進学せず、高校を卒業した後はマグナム・フォト写真家ルネ・ブリデニス・ストックらの来日時にアシスタント、舞台芸術研究のために渡米しアメリカで仕事をしながら芸術的なことを学びました。

舞台芸術の世界、音楽プロデューサー、空間プロデューサーとして成功を収め、昭和時代からバブルの時代を大物として生き抜きました。

2000年代には青山テルマの「そばにいるね」で音楽プロデューサーとして返り咲きを果たすなど、幾つになっても変わらずにトップポジションに君臨しました。

川添象郎さんといえば、華麗な家系であることも話題に上がります。

川添象郎の曾祖父は土佐藩。祖父は大手社長。父は伝説の店「キャンディ」のオーナー

川添象郎さんという人物を語る上で、その華麗な家系である情報は欠かせません。

明治の元勲である、後藤象二郎は曽祖父に当たります。

祖父の後藤猛太郎さんは、鈴木経勲と共に日本で初めて南洋群島を探検した方で、日活の前身・日本活動フィルムの初代社長です。

そして、父の川添浩史さんは東京飯倉(現:港区麻布台)にあるイタリアンレストラン「キャンティ」を創業しました。

曾祖父 後藤象二郎 幕末の土佐藩士。明治新政府では政治家
祖父 後藤猛太郎 日活の前身・日本活動フィルムの初代社長
川添浩史 伝説のイタリアンレストラン「キャンティ」のオーナー

ちなみに母はピアニストの原智恵子さんです。

母は父の浩史さんと離婚後に、チェロ奏者であるガスパール・カサドさんと再婚されています。

音楽的才能は、母側の遺伝子が強いとされています。

川添象郎の歴代の嫁と子供。風吹ジュン→小出明子(アッコ)に乗り換えるも荻野目慶子と不倫で離婚

川添象郎さんといえば、若い頃からプレイボーイとして知られていました。

これまでにも、少なく見積もっても5度の結婚を繰り返しており、不倫関係も派手でありました。

40歳の頃に女優・風吹ジュンさんと再婚するまでに、一般人の女性と2度の結婚と離婚を繰り返しました。

風吹ジュンさんと3度目の結婚をした後も、小出明子さんと不倫関係となり大揉めとなりました。

小出明子さんに乗り換えて4度目の結婚を果たした後も、すぐに荻野目慶子さんとの不倫が発覚し、小出さんと別居状態になりました。

その後に整体師の女性と5度目の結婚をしたのが最後の情報です。

1番目の嫁 一般人
2番目の嫁 一般人
3番目の嫁 風吹ジュン→小出明子と不倫で離婚
4番目の嫁 小出明子→荻野目慶子と不倫で別居し離婚
5番目の嫁 整体師

そして子供に関しては、確認されているだけで風吹さんとの間に2人小出明子さんとの間に1人の子供です。

風吹ジュン 1984年 長女・安季子
風吹ジュン 1986年 長男・智史
小出明子 1992年 長男

川添象郎は20代〜30代の若い頃に2度の結婚と離婚。最初の嫁と2番目の嫁は一般人

川添象郎さんは若い頃に2度の結婚と離婚を経験してます。

若い頃からミュージシャンとして活躍されており、交友関係も広かったことから素敵な女性と恋し、結婚したと考えられます。

後のアッコちゃんのイメージで、お金で女性を独占してるように思われていますが、若い頃の川添象郎さんはしっかりとイケメンです。

若い頃の嫁さんは一般人で情報はないですが、きっと美しい女性であることには間違いなさそうです。

40歳の頃に風吹ジュンと3度目の結婚。2人の子供が生まれるも小出明子との不倫で離婚

20代から30代の頃に2度の結婚と離婚を経験された川添象郎さんですが、1981年の40歳の頃に女優の風吹ジュンさんと3度目の結婚を果たしました。

当時の風吹ジュンさんは女優・歌手として活躍しており、多くの男性ファンがいました。

突然の川添象郎さんとの結婚に、多くのファンが悲しみました。

川添さんは風吹さんとの間に、1984年に長女・安季子が生まれ、1986年に長男・智史が生まれています。

しかし、1992年に二人は離婚を発表しています。

11年の結婚生活でした。

離婚の理由は川添さんの長年の小出明子さんとの不倫です。

川添の4人目の嫁・小出明子は「アッコの時代」のモデル。バブル時代の不倫生活と再婚後の子供の現在

川添さんは1992年に女優の風吹ジュンさんと離婚しており、離婚の理由は長年に渡る小出明子さんとの不倫でした。

この小出明子さんという女性は、”港区の伝説の女”として知られています。

女子大生にして、港区界隈の社長たちの視線を独り占めにし、連日連夜口説かれていたのです。

渋谷に出れば数メートル歩くだけでナンパ(センター街抜けるのに2時間かかったこともあったそうです)されましたが、遊ぶ男性は常に港区のトップの紳士たちでした。

バブル期でディスコなど流行った時代でしたが、彼女はディスコ代を払ったことは一度もなかったそうです。(男たちが勝手に奢るのでディスコにとっては売り上げ協力隊のような存在だったそう)

「お店の“売上協力隊”みたいになっていましたね。VIP席に行って、男の人に『何飲みたい?』って聞かれたら『ピンクのドンペリ!』って言って、『何食べたい?』って聞かれたら『メロン!』みたいな。帰りには男の人からタクシー代が女の子一人一人に渡されるんです。大体1人2万ずつくらいでしたね」

人気小説「アッコちゃんの時代」の主人公アッコのモデルになった女性が、この小出明子さんです。

「アッコちゃんの時代」とは2005年8月に新潮社 から出版された林真理子の小説。

80年代のバブル時代に六本木に集まる金持ちに言い寄られる女子大生が、街の金持ちと遊び、いろんな男の成功と失敗を見てもなお、最後まで六本木で生きるという話です。

ストーリーの内容のほとんどが、川添さんと小出さんの間で起きた事実に沿っています。

川添像郎と小出明子(アッコ)の馴れ初めはキャンティ。地上げ屋・早坂太吉(最上恒産社長)の愛人

風吹ジュンさんと結婚していた川添さんですが、六本木で最も美人な女子大生であった小出明子さんに出会ったことで、不倫を始めてしまいます。  

小出さんは、もともとは“地上げの帝王”と呼ばれた早坂太吉さんの愛人だったのですが、バブル崩壊とともに早坂氏はあっけなく表舞台から姿を消し、川添さんに乗り越えたのです。

2人の馴れ初めは、川添さんの父が経営するお店「キャンティ」です。

たまたまキャンティに訪れた小出さんに、川添さんが一目惚れしナンパ

ナンパした後は連日の電話攻撃で、朝ご飯、ランチ、ディナーに誘って、他の男を寄せ付けなかったそうです。

貢がせる男などいくらでもいた小出さんですが、ある時に川添さんにプレゼントされた贅沢旅行が決め手となり、川添さんと交際するようになったのです。

川添像郎と小出明子(アッコ)の贅沢すぎる不倫ライフ

港区界隈でモテモテだった小出明子さんですが、川添さんの愛人になる決め手となったのが、”ある海外旅行”です。

その海外旅行というのは、

・現地までの飛行機はJALのファーストクラス

・現地からの移動はニナ・リッチから借りたプライベートジェット

・行き先はロンドン、ベニス、パリ。

・泊まるホテルは三つ星のスイートルーム

・料理はすべて最高級

・シャネル、ヴェルサーチなどのハイブランドの洋服をバンバン買う。

↑このような贅沢なヨーロッパ旅行をプレゼントしたことで、小出さんは川添さんの愛人になろうと決めたのです。

後に小出さんはこの旅行のことを、”夢のようだった”と語り、過去に多くの大富豪と遊んだ彼女さえも納得の贅沢だったといえます。

「川添はプロデューサーだからなんでしょうけど、お洋服買うのも、全部トータルで買ってくれるんですよ。だからもう映画の『プリティ・ウーマン』の主人公になった気分でした。お金は一種のエネルギーだと思うんです。好きな人に自分のエネルギーを使う行為、要するに好きだという表現を形で表しているのがプレゼントだったりお金だったりするわけで、嫌いな人にはそのエネルギーは与えないから」

川添さんは小出さんと不倫関係になると、妻子と住み自宅を飛び出し、ホテルオークラで同棲を始めたそうです。

高級ホテルであるオークラでの不倫生活も、彼女とって楽しい時間だったそうです。

小出明子は川添の妻・風吹ジュンと直接対決していた?子供の妊娠で離婚成立

川添さんと小出さんの不倫は、当初から嫁の風吹さんにバレていたそうです。

不倫関係から1年が過ぎた頃に、ついに風吹さんの怒りが爆発し、”仕返し”が始まります。

「川添さんが車で自宅に帰ったら、蝶のように何かが舞っている。それが全部、自分のネクタイだったって。家の中から駐車場に放り投げていたんです。寝室のベッドカバーをめくったら、アッコの写真が100枚くらいコピーされてベッドに敷き詰められていたと」

当時にして人気タレントだった風吹さんが、私生活で旦那さんにこんなことをしていたなんて驚きですね。

さらに、風吹ジュンさんと小出明子さんが直接会話し、かなり揉めたこともあったそう。

週刊誌では小出明子さんの友人が、ふたりの緊迫した会話の内容を暴露していました。

小出明子さんが「キャンティ」で川添象郎さんを待っていた時、風吹ジュンさんが突然現れたそうです。

「テレビで見るのと同じ、タヌキ顔の女優がいきなり目の前に現れて、有無を言わせず、喫茶店に連れて行かれたそうです。

そしていきなり、“あなた、おいくつ? 本気で、川添のこと、思っているの?”って切り出された。

アッコは、“そんなにとんがらなければ、ちゃんと家に帰しますから”と答えたそうです。

これに風吹さんは“あなたのせいで、うちの家庭はもう崩壊してるのよ”と言い放った。

するとアッコはこう答えたって。“大丈夫ですよ、奥さま、自信持って”。火に油ですよ」

そのまま喫茶店に連れて行かれたとか、想像するだけで怖いですね。

女優の妻と、都会でモテモテの女子大生の会話だと想像すると、かなり過激です。

この会話を聞いてる限り、当時の小出さんは風吹さん川添さんを横取りするつもりはなかったように思えます。

しかし、結局は小出さんが川添さんの子供を妊娠してることが発覚し、川添さんと風吹さんは離婚することになります。

この時のことは、小出さんだけでなく、風吹さんの中でも相当トラウマのようです。

川添は小出明子と再婚するも荻野目慶子との不倫が理由で別居し離婚

1997年に前嫁から小出明子さんに乗り換えることができた川添さんですが、小出さんとの幸せは長くは続きませんでした。

なんと、川添さんは小出さんと再婚してすぐに、歌手の荻野目慶子さんと不倫関係に入ったのです。

2人の不倫が発覚すると、すぐに2人は別居し、離婚成立する2007年までの10年間、一緒に暮らすことはなかったそうです。

”女を取っ替え引っ替え”とは、まさにこのような状況のことですね。

ちなみに、小出さんも離婚が成立する手前に別の男性との子供を産んでおります。

川添像郎の現在の嫁は整体師。小出明子の現在の旦那と子供

川添さんは三番目の嫁・風吹ジュンさんとの間に2人の子供、小出明子さんとの間に1人の子供がいます。

2007年に小出さんと離婚した後に、整体師の女性と5度目の結婚をされたそうです。

その相手の女性との間に子供がいるかは不明です。

風吹さんと小出明子さんの近況を見てる限り、2人の間との子供との交流は少なそうです。

小出明子の現在。3人の子供。旦那はIT社長?

川添明子には、夫だった川添象郎との間には子供が1人生まれており、男の子だということがわかっています。

小出さんは川添さんと結婚してから10年間、別居状態でありました。

この間に小出さんは川添氏とは別の男性との間の子供を2005年に出産しています。

この事実は当時の川添さんも知らず、後になって知って大変驚いたそうです。

2007年に離婚が成立し、再婚する手前の2009年~2010年に第三子出産(未婚状態)しています。

川添さんの遊び方もすごいですが、小出明子さんの遊び方が一枚上手のように感じます。

小出さんが川添さんの後に結婚した相手は公表されていませんが、「アッコちゃんの時代」の内容によれば、現在の旦那はIT企業の社長だと思われます。

小出さんの現在の子供は、このような感じです↓

子供の親 生まれた時期 性別
川添 1992年 男の子
不明 2005年 性別不明
現在の旦那? 2009~2010年 性別不明

性別は不明ですが、女の子の赤ちゃんと写っている写真が出回っているので、2人目か3人目のどちらかは女の子だと思われます。

ちなみに令和になった現在も、小出明子さんはメディアに出演しています。

今になっても美人さんです。

世間では”パパ活”や”港区系女子”という言葉が流行っていますが、日本最大のバブルでその頂点にいた彼女を前にすると、それらの女性らとはスケールが違う感じがします。

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