TAKUYAとYUKIの現在の仲。解散理由は恩田との確執?結婚/子供と死因

ジュディマリの元ギタリストとして有名なTAKUYAさん(本名・浅沼拓也)

JUDY AND MARYに在籍していた時代から現在まで人気です、何か音楽活動をすれば音楽メディアで注目されてきました。

現在のTAKUYAさんはソロ活動を中心に、楽曲提供、サポート活動、俳優業、タレント業と大忙しです。私生活ではジュディマリ脱退後に結婚し、その後に離婚しています。

そんなTAKUYAさん関連で気になることといえば、やはりジュディマリ時代の、主に解散した時期のことです。

ネット上では多くの憶測がありますが、解散した理由について、TAKUYAさんが大きく関わったと言われています。

今日はTAKUYAさんの結婚歴と元嫁と子供、そして現在の活動や、脱退した時の噂について書いてみたいと思います。

また、なぜかネット上で”死因”というキーワードがTAKUYAさんに付いてしまっていますが、その理由についても書いてみたいと思います。

TAKUYAの現在。結婚相手・竹重美保との馴れ初めと離婚理由。嫁との子供

芸名 TAKUYA
本名 浅沼拓也(あさぬまたくや)
生年月日 1971年9月9日
出身地 京都府京都市
血液型 O型
出身高校 長野県海星高校
身長 174センチ

TAKUYAさんは京都府京都市出身です。実家は京都に数店舗ある喫茶店『あさぬま』を経営しています。

中学から実家を離れ、全寮制の中学である長野県の海星高校に入学します。

学園生活は毎日の点呼や空調のない部屋、イジメが日常茶飯事というひどい場所だったそうで、中3の頃には地元・京都の中学に編入しています。

中学のからギターを始め、夏休みにはバイトに励み、両親に学歴を諦めさせたそうです。

15歳から作曲を始め、18歳の頃にAMAHA TEENS' MUSIC FESTIVALに参加し入賞。

その後に上京しバンド『SKAFUNK』に誘われ、翌年にメジャーデビューを果たしました。

しかし、バンドはセカンドアルバムを発売する前に解散。予定ではTAKUYAさん作曲の曲が収録される予定でしたが、それが叶わずメジャー活動が終わってしまったということです。

ジュディマリでブレイクも解散。ソロ活動を開始し元芸妓・竹重美保と結婚も離婚

せっかくメジャーをするも、バンドが解散してしまったTAKUYAさん。

その後、1993年にオーディションを経てJUDY AND MARYに加入を果たし、同年にシングル『POWER OF LOVE』で2度目のメジャーデビューを果たしました。

JUDY AND MARYでのTAKUYAさんは1995年に作曲した『Over Drive』が60万枚を売り上げるなど、名実共に日本を代表するギタリストの仲間入りを果たしました。

翌1996年にリリースした『そばかす』はミリオンセラーを記録するなど順風満帆。しかし、2001年でジュディマリは解散してしまいます。

ジュディマリが解散した後はソロ活動を開始。

2003年に地元・京都で出会った元芸妓の竹重美保さんと交際を始め、2004年6月には結婚を果たします。

11歳年下の嫁を貰ったということで、当時は年齢差が話題となっていました。

TAKUYAさんの結婚相手の竹重さんはは祇園でも超トップクラスの芸妓さんでありました。

竹重さんは「孝蝶(たかちょう)」の名前で、祇園でも超トップクラスの芸妓として活躍。 政界や財界にもひいきが多く、歌舞伎俳優で人間国宝の中村鴈治郎(現在は坂田藤十郎)もひいきの一人。 

交際1年弱でスピード結婚し、地元の平安神宮で挙式し、同年11月には都内のホテルで披露宴を行いました。

結婚式では布袋寅泰さんなど大物ミュージシャンが集まり、新郎新婦入場の際は布袋さんがギターを演奏しました。

結婚後、嫁さんとの新婚生活がスタートしましたが、わずか2年で離婚することとなってしまいます。

TAKUYAが嫁・竹重美保と離婚。理由は価値観の違い。子供は生まれず

2004年4月に結婚したTAKUYAさんと竹重美保さんでしたが、そのわずか2年後の2006年10月に離婚することとなります。

離婚理由としては、嫁の竹重さんが東京の生活に馴染めなかったこと、そしてTAKUYAさんのバンドマンらしい不規則な生活が合わなかったことが挙げられます。

京都で生まれ育った竹重さんは、東京での生活になじめないことに悩んでいたとのこと。 また、ミュージシャン特有の不規則な生活スタイルが、竹重さんの望んでいた生活と、方向性が違っていたことも原因のようです。

離婚する1ヶ月前の2006年9月には別居しており、そこから2人だけで話し合いを進め、同年10月に協議離婚が成立し離婚したという流れです。

離婚する際、TAKUYAさんは元嫁に慰謝料を支払っています。

二人の間に子供は生まれませんでした。

TAKUYAは生きている。”死因”のキーワードは元マネージャー・堀江正樹が理由

TAKUYAさんの現在の活動について調べていくと、”死因”というキーワードで多く検索された形跡が残っています。

これはTAKUYAさんが亡くなった訳ではなく、ジュディマリ時代にお世話になったマネージャーの堀江正樹さんが亡くなったことが理由です。

ネットニュースになったのはTAKUYAさんが堀江さんの死去をブログに書いたことで発覚したからです。

堀江正樹さんは2020年3月12日に亡くなり、ネットニュースにもなりましたが、死因の詳細は明らかになっていません。

悲報を聞いたファンが「TAKUYA マネージャー 死因」と調べたことが原因となっています。

TAKUYAさん関連の情報を追えば堀江元マネージャーの死因が突き止められると思って検索されたのかと思います。

ちなみにTAKUYAさんは堀江さんが亡くなったときに、

とTwitterにジュディマリ関係者に堀江さんの追悼を推す投稿をしていました。

TAKUYAの現在のYUKIとの仲。解散理由は2人の恋愛と恩田との確執?

ジュディマリの解散理由の憶測の1つに、多く言われているのがユキさんとTAKUYAさんの確執です。

TAKUYAさんはボーカルのYUKIさんと1994年から1997年までの3年ほど交際していました。

YUKIさんとTAKUYAさんは1歳しか歳が変わらず、他のメンバーは9歳、8歳年上だったので、年下コンビの交際は自然の成り行きでした。

2人が恋愛関係になる前までのジュディマリは事務的なプロ集団でありましたが、ファンの間に付き合ってる噂が出た以降は、雰囲気がガラッと変わってしまったようです。

解散後に1994年の「RADIO」のコメントにTAKUYAさんが「この頃、ユキのこと好きだった」とコメントを書いています。

TAKUYAさんとYUKIさんが破局した理由はハッキリしていませんが、お互いに我の強いアーティストだったということで、衝突が絶えなかったとの憶測があります。

TAKUYAさんが浮気をしたの原因という噂もあります。

二人の交際が、その後のジュディマリ解散に響いたという噂もありますが、それに関しては詳細不明です。

ただ、ある時期からTAKUYAさんと恩田さんとの間に溝ができ、さらにはユキさんも最後の時期には、作詞などを巡って衝突することもあったそうです。

ジュディマリ解散の理由は恩田とん確執やYukiとの恋仲ではない

ジュディマリ解散の理由としてよく言われるのがTAKUYAさん、Yukiさんと恩田さんの確執です。

結成したばかりの頃は子供のようだったTAKUYAさんとYUKIさんが、ある時期から急成長を遂げ、制作活動で衝突が増えてしまったのが理由だと言われています。

「音楽への向き合い方などの違いが重なり、修復不可能になったということです。TAKUYAさんの発言力が次第に強くなり、リーダーの恩田さんの居場所がなくなって脱退を表明しました。TAKUYAさんとYUKIさんが男女の仲になったことも、不協和音を増幅させたんでしょう」(音楽業界関係者)

恩田さんの立ち位置がブレたことで、パワーバランスが崩れ、最終的に解散という道を選んだとされます。

最後のアルバムに至っては、ほとんどがTAKUYAさんの作曲し、その完成度が高かったことが、逆に良くなかったみたいです。

そもそもバンド名の「JUDY AND MARY」の由来は、ポジティブな意味の「ジュディ」とネガティブな意味の「マリー」と、その2つが合わさった意味です。

最後の方はジュディ色ばかりが強くなってしまい、バンドテーマが崩壊しかけていました。

TAKUYAと恩田にわかだまりはない。現在も交友が続く

2019年に東京・代官山のライブハウスで《今だから語ってしまおうトークJAM》が開催されました。

イベントにはYUKIさんを除く、TAKUYA、恩田、五十嵐の3人が出席し、見に来たファンは涙を流したそうです。

そこでドラムの五十嵐さんが、

「TAKUYAも恩田も、何もわだかまりがないから来てくれた。これが、すべて。このイベント以前にも3人でしょっちゅう会っていますよ」

と、現在のTAKUYAさんと恩田さんは仲良しで、イベント関係なしに交友があることを話されていました。

再結成に向けては、YUKIさんの一声だという状態であるとも話されていました。

YUKIさんに関しては、メンバーの誰もが交友がなく、会社を通じて連絡をしても折り返しがないそうです。

TAKUYAとYUKIの現在の関係。お互いに交友も言及も避け、再結成も嫌がる?

元メンバーであり、元恋人同士であるTAKUYAさんとYUKIさん。

ジュディマリが解散した後の2人の関係が気になります。

これまでにYukiさんとTAKUYAさんが現在まで交友してるような話は全然ありませんし、お互いに間接的にメッセージを伝え合うような話もありません。

2020年にジュディマリ時代のマネージャーが亡くなった際、TAKUYAさんはツイートでメンバーの名前を書いて追悼を煽るも、何故かYukiさんの名前だけは書かれていませんでした。

TAKUYAさんは要所でジュディマリ時代の話をしますが、Yukiさんは聞かれない限りは多くを語りません。

YUKIはジュディマリのリマスター・新譜リリースや復活ライブに消極的

ジュディマリのリマスターの話があった際、YUKIさんが止めたという話があります。

「(当時の所属事務所でCD発売元の)ソニーに言っているんですけど、進んでいなくて。止めているのは、YUKIなんで。YUKIがソロ活動において、ジュディマリが(再び)出てくると(ソロ活動が)薄らぐらしく、YUKIが圧力かけて止めているから。俺らに言わないで、YUKIに言ってよ。俺は出そうって言っているんで」

と発言しており、YUKIさんがジュディマリ再結成やリマスターに対して消極的であることが発覚しています。

そもそもお互いにとってのジュディマリの過去の捉え方違うような雰囲気です。

Yukiさんは上書き保存で完全なる過去。一方でTAKUYAさんらは名前を付けて保存し、いつでも取り出せる場所にあるような感じです。

Yukiさんは解散が決まった時点で”過去を振り返らない”と誓い、その後はソロとしても成功しており、今になってわざわざ復活する必要がないのが本音だと思います。

Yukiはジュディマリメンバーと交友を持たない。現在も楽屋面会を拒否

ジュディマリのメンバーがYUKIUさんのソロライブの楽屋にジュディマリメンバーが訪問しても、中に入れてくれないそうです。

「実は、ソニーには2度連絡して、YUKIに会いたいと伝えました。しかし毎回、折り返すと言われたまま、連絡はありません。彼女のコンサート会場に恩田と行って会いたいと言っても、楽屋に入ることすら許されません」

関係者パスがもらえないだけでなく、連絡さえ返ってこないそうです。

TAKUYAさんだけではなく、恩田さんや五十嵐さんでさえも、YUKIさんとの交友がないということです。

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