伊良部秀輝さんといえば、日米で活躍された元プロ野球選手です。
ロッテ時代に記録した158キロの球速は、長く日本人投手の最高記録でした。
強引にニューヨーク・ヤンキースに移籍し、現地で差別的な扱いを受けながらもワールドシリーズ制覇に貢献しファンに受け入れられるなど、まるで漫画のようなストーリーを歩んだ方です。
私生活では1997年に韓国人女性と結婚し、その後に2人の女の子が誕生。
引退後もアメリカで家族と共に生活を送りますが、2011年に自宅で自殺。
現在までに伊良部さんの自殺の理由には様々な説があります。
今日は、伊良部秀輝さんが結婚した嫁さんと子供、結婚生活について、そして自殺してしまった理由の考察について書いてみたいと思います。
伊良部秀輝の死因は自殺。精神病の疑い。婦人と子供とは別居
伊良部秀輝さんは2011年7月に米ロサンゼルス郊外にある自宅で首を吊り自殺を図り、42歳の若さで死去しました。
伊良部さんの死去は、すぐに日本でもニュースとなり、翌日の新聞の一面を飾りました。
発見当時、家族とは同居しておらず、第一発見者は知人で、隣人女性に警察に通報するようにお願いし、警察が首を吊って絶命している伊良部秀輝さんを発見しました。
7月28日に遺体を安置していたカリフォルニア州ロサンゼルス郡保安官事務所により自殺であることが公表されました。
隣に住む米国人女性メアリー・フュアリクトさんは「男性が“警察に連絡してほしい”と言ってきた。“家の中を調べたい”と言うので私が通報しました。多くの警察が来て騒然となったが、警察から自殺との説明があった」と明かした。
アメリカで家族と一緒に暮らしているはずの伊良部さんが、一人のまま自殺を図ったという状況もショッキングでありました。
自殺の理由は事業の失敗でや妻子との別居?アルコールを大量摂取。精神病だった?
なぜ、伊良部さんは自殺という道を歩んでしまったのでしょうか?
憶測される理由には、
・事業の失敗
・家族との別居
・野球へ関われない現状
があります。
元々、伊良部さんはロサンゼルスでうどんのお店を開業していましたが、当初は売り上げは順調だったものの、その後に売上が伸び悩み閉店。
うどんチェーン店「SUPER UDON」の失敗による事業撤退と負債などが囁かれ、その負債が伊良部さんを追い込んだと言われています。
また、伊良部秀輝さんは自殺する1ヶ月前に、長年一緒に住んでいた妻子と別居したそうです。
日本に戻りたい伊良部さんと、アメリカでの生活が気に入ってる妻子と意見が食い違い、妻子が出て行ってしまい、その孤独に耐えられなかったとの見方です。
伊良部はずっと野球の仕事に就きたがっていた
日本に戻って日本で生活がしたかった伊良部秀輝さん。
しかし、妻子はアメリカでの生活を気に入っており、日本に帰れない状況だと仰っていました。
―このまま日本に戻らず、アメリカに永住する予定ですか?
伊良部 家族がこちらの生活がいいと言っているんで。ぼくとしては日本に帰りたいです。英語も話せないし。もし話せたとしても日本がいいですね。日本が好きですから、テレビ番組も面白いし、四季もあるし。
伊良部さんが日本に戻りたかった理由は色々ありますが、単純に野球関係の仕事がしたかったのが大きな理由です。
阪神退団後、日本にいる間はギャラ5万円ほどの小さなテレビ局の解説を担当したり、2009年に四国・九州アイランドリーグ所属の高知ファイティングドッグスでプレーしていました。
怪我を理由に引退しましたが、伊良部さん本人はコーチや監督の仕事に興味があったようです。
―コーチや監督をやる気は?
伊良部 監督の器ではないことはわかっています。コーチ? 日本で雇ってくれるところがあるかなぁ(苦笑い)。三軍のピッチングコーチならばできるかな。
しかし、若手時代の素行の悪さから、伊良部さんにオファーを出す球団は現れませんでした。
事業の失敗や家族との関係の悪さだけでなく、野球の仕事がない状況が伊良部さんのメンタルをダメにし、自殺の道を選んだのでは?と言われています。
ちなみに、亡くなった2011年は東日本大震災でしたが、伊良部さんは友人の長谷川滋利さんに東日本大震災のチャリティーの企画を持ちかけましたが、その企画が実現することはありませんでした。
伊良部秀輝の嫁は韓国人の金光京淑(キョンス)。遺書の納骨場所を無視と遺族に会わせない。2人の娘と夫人は現在消息不明?
伊良部秀輝さんは1997年の28歳の頃に結婚。
結婚した相手は知人の紹介で知り合った6歳年下の韓国人女性の金光京淑(キョンス)さんです。
妻の旧姓は金光といい、実家はパチンコ店の経営をしていたとされています。
伊良部さんは嫁との間に2人の子供に恵まれました。
子供の性別は2人とも女の子でした。
娘の名前は、どちらかが「夏輝(なつき)」です。
メジャー在籍が長かった為に、結婚生活も育児もアメリカ中心でした。
伊良部さんが怪我で引退した後、日本に住みたかったそうですが、妻子がアメリカの生活に馴染んでた為に不可能でした。
自殺する最後まで離婚はしなかったものの、亡くなる1ヶ月前には別居状態で、夫婦関係は良くありませんでした。
伊良部さんが亡くなった後の嫁・金光京淑さんの行動が、かなり酷かったとしてネット上で話題となりました。
伊良部秀輝の遺書?ロスのリトルトーキョーに納骨を希望?嫁・金光は無縁仏に納骨し遺族に面会させなかった
伊良部秀輝さんは亡くなった際に、自身の遺骨をロサンゼルスのリトルトーキョーにある東本願寺別院に納骨して欲しいと訴えていたそうです。
しかし、嫁はその要望を無視し、無縁仏として納骨したのです。
さらには葬儀の際に、母と姉が最後の面会をしたいとアメリカまで来たものの、その面会を拒否したのです。
日本の伝統である、四十九日を待たずに、伊良部がかつて在籍していたロッテの本拠地があ千葉市の寺院に、無縁仏としてお骨を収められたのです。
伊良部さんの死後、嫁さんの行動が酷すぎるとしてネット上で大きく話題となりました。
ただ、伊良部さんの素行の悪さから、嫁さんにもそれなりの事情があったのでは?という同情の憶測もありました。
伊良部さんの死後、嫁さんも娘さんたちも、その後もどこで何をしているのか不明です。
今後、メディアに出る可能性は低く、死の前後の真相が語られることはなさそうです。