浅尾拓也投手コーチが現在もイケメン!若い頃に結婚した嫁。年俸とハゲ疑惑

浅尾拓也さんといえば、球史に残る最も偉大なイケメン投手です。

落合政権の中日ドラゴンズにて大活躍し、外見の良さから女性から圧倒的に認知された希少な投手でした。

浅尾さんは人間性やプレースタイルだけでなく、私生活や日頃の行いも素敵で、引退して現在までファンに信頼されています。

現在の嫁さんとのドラマのような馴れ初めや、若い頃のイケメンぶりなどについて書いてみたいと思います。

浅尾拓也の現在。嫁の名前は”沙帆里”で子供は男の子!3度の破局からの復縁結婚!

中日でセットアッパーとして活躍した浅尾拓也氏。

現役時代はイケメン投手として人気がありました。

中日の女性ファンの獲得に大いに貢献だけでなく、落合政権の中日の優勝に必要不可欠な存在でありました。

そんな浅尾拓也さんですが、私生活では2009年に現在の嫁・沙帆里さんと結婚されています。

生年月日 1984年10月22日
出身地 愛知県知多市
身長・体重 182cm・78kg
投打 右投右打
ポジション 投手
生涯成績 プロ通算11年
38勝21敗23セーブ 勝率0.644 防御率2.42
最優秀選手1回
最優秀中継ぎ投手2回
ゴールデングラブ賞1回
経歴 中学校まで軟式野球部で捕手
愛知県立常滑北(現在・常滑)高校で2年秋に投手へ転向
日本福祉大学で21勝9敗
2006年秋のドラフト会議で中日から3位指名され2007年に入団
2018年現役引退
引退後は中日で投手コーチ

浅尾拓也と嫁・沙帆里の馴れ初めは学生時代。大学→プロまで3度の別れを乗り越えての結婚!

浅尾拓也氏は2009年に結婚しました。

中日史上最高レベルのイケメンと人気が高かった浅尾拓也氏の結婚は、多くの女性ファンが絶望しました。

しかし、浅尾さんと嫁さんの馴れ初めを聞くと、嫉妬心は吹き飛び、みんな祝福ムードとなりました。

浅尾さんと嫁の沙帆里さんの出会いは常滑北高校時代です。

嫁さんの方から浅尾さんに惚れ、嫁さんがアプローチし、高校1年の頃から交際がスタートしました。

めでたく交際が始まった二人ですが、付き合って数ヶ月で別れてしまったそうです。

高校3年になった時に2人は同じクラスになり、その頃には浅尾さんの方から嫁さんにアプローチし復縁。

しかし、大学が別々になるということで、二人は2度目の別れを向えます。

2度目の別れをしてしまった後も沙帆里さんは浅尾さんのことが好きでずっと片思いしていました。

浅尾さんが無名大学からプロドラフトに掛かり入団すると、その後も再び連絡を取り合うようになったのです。

プロになった後は、沙帆里さんの方から浅尾さんにアプローチをかけて2008年に復縁しましたが、数ヶ月で3度目の破局してしまいます。

しかし、3回目の破局から1年後の2009年12月に突然結婚が発表されたのです。

浅尾拓也は嫁・沙帆里との間に1人の男の子。顔も名前も非公開

2人の間には2012年に誕生した男の子が1人います。

しかし、浅尾拓也氏は嫁の沙帆里さんと息子の写真は公開しておらず、子供の名前も明らかにはしていません。

現役時代から子供へのファンサービスが良かった浅尾拓也さんだけに、当時から”将来は良いパパになる”と言われていました。

子供が生まれた同年には名古屋市天白区の名古屋記念病院を慰問し、子供たちと楽しそうに触れ合っていました。

嫁さんも美人で世話好きということで、きっと長男もイケメンで愛情溢れる良い子に育つことでしょう!

浅尾拓也は18年に引退。現在までの年俸推移と若い頃からのイケメンぶり。ハゲ疑惑は嘘

浅尾拓也さんは現役時代からイケメンぶりが知られ、ファン層は野球ファンを飛び越え、ジャニーズ好きの若い女性にまで伝わっていました。

野球の実力も確かで、野球好きが歴代最強の中継ぎを語る上で、浅尾拓也さんの名前は必ず登場します。

太く短い野球人生ですが、20代の全盛期の浅尾拓也さんの投球は、日本の野球史の中で最も偉大だとされ、中日の優勝は浅尾さんの存在があってこそだと言われています。

年俸が安いと言われている中日に在籍していながらも、2018年に引退するまでに巨額の年俸を貰っていました。

年度 年俸(万) 差額 年齢 球団
2018年 5600 -1750 34歳 中日ドラゴンズ
2017年 7350 -2450 33歳 中日ドラゴンズ
2016年 9800 -2200 32歳 中日ドラゴンズ
2015年 12000 -4500 31歳 中日ドラゴンズ
2014年 16500 -5500 30歳 中日ドラゴンズ
2013年 22000 -5500 29歳 中日ドラゴンズ
2012年 27500 14000 28歳 中日ドラゴンズ
2011年 13500 6000 27歳 中日ドラゴンズ
2010年 7500 4000 26歳 中日ドラゴンズ
2009年 3500 1800 25歳 中日ドラゴンズ
2008年 1700 500 24歳 中日ドラゴンズ
2007年 1200 0 23歳 中日ドラゴンズ

怪我で成績を残せなくなった後も、億を超える年俸をもらっています。

特に2013年は落合博満さんがGMに就任し、各選手の年俸が大削減されたにも関わらず、数字を残せなかった浅尾さんの年俸が1億円を超えているのは驚きです。

やはり、若い頃の貢献と浅尾さんがいるからこその集客やグッズの売り上げを考慮し、そのような給料になったのではないでしょうか?

浅尾拓也のイケメンぶりは現在も変わらず。若い頃の可愛さは異常

浅尾拓也さんのイケメンぶりが話題になったのは、プロ1年目の2007年でした。

ドラフト3位ながらも、1年目の4月から1軍の試合に出場し、当時多くの女性野球ファンに衝撃を与えました

1年目の浅尾拓也さんはプロ野球選手になった覚悟からか、坊主で気合いが入っていました。

入団直後のキャンプでは、ピアスの穴が開いたヤンチャそうな浅尾拓也さんにコーチらは衝撃を受けたそうですが、謙虚さと実力のギャップに更に衝撃を受けたそうです。

1年目から初勝利を挙げると、2年目の2008年には北京五輪で招集された岩瀬投手の代わりにセットアッパーを勤め、顔と名前を全国区としました。

岩瀬さんが五輪から戻る頃には、中継ぎ=浅尾拓也→抑え→岩瀬の伝説の継投パターンが完成されました。

髪の伸びた浅尾拓也さんは子供っぽくも見え、女性ファンからは”可愛い”と黄色い声援が飛んでいました。

華奢な高身長で可愛い顔立ち、しかし投球スタイルは150キロ越えの豪速球で男らしくゴリゴリ押すというギャップが、女性だけでなく男の野球ファンをも虜にしました。

女性ファンから愛くるしい外見から”浅尾きゅん”と呼ばれ、”きゅん”の愛称で親しまれした。本人は女性に”可愛い”と言われるのを嫌がっていたそうですが・・・。

全盛期だった2009年〜2013年には、雑誌メディアやトークショーなどにも引っ張りタゴ。

女性ファンを増分に増やしました。

浅尾さんは球界屈指のスターになった後もファンサービスを大切にし、キャンプや練習中の合間に、できる限りの時間を使ってサインや写真の対応をしました。

幻のWBC代表・浅尾拓也。仮に出場していれば国民的スターになっていた?

浅尾拓也さんは2013年にWBC日本代表に招集されました。

代表合宿に招集された浅尾拓也さんに、多くのメディアが注目しました。

しかし、浅尾拓也さんは怪我を理由に出場を辞退

浅尾拓也さんが辞退したことで、多くの女性ファンがチケットを払い戻したと言われています。

松井秀喜さんや黒田博樹さんのような”幻の日本代表”は多く存在しますが、女性ファンにとっての未練の代表は浅尾拓也さんで間違いないことでしょう。

その後、2017年のWBCには招集されず、浅尾拓也さんが侍ジャパンとしてマウンドに立つことは一度もありませんでした

年齢的には2023年まで可能性はあったものの、怪我に苦しみ引退、浅尾拓也の日本代表としての活躍は幻となってしまいました。

浅尾拓也は30代になって色気が増す。引退前・コーチ時代も男前!ハゲ説はガセ

30代に入ってからは怪我に苦しみ、2軍暮らしが長くなりました。

1軍の試合で浅尾拓也さんを見かけなくなってから、中日自体のチーム成績も低迷しました。

浅尾拓也さんはずっと1軍復帰が期待されましたが、一度上がってはすぐにファームに落ちるという繰り返しでした。

ファーム時代にもイケメン度は相変わらずで、2軍にも女性ファンが多く詰めかけました。

一部では”浅尾拓也がハゲた”や”遂に劣化”というようなネット記事がありましたが、髪型が短くなっただけで、生え際の位置などは若い頃と変わっていませんでした。

むしろ綺麗に年を重ねて渋くなって印象でした。

コーチ時代は若手選手よりも瑞々しい?キャッチャー経験を活かして活躍

浅尾拓也さんは2018年シーズンで遂に引退しました。

引退試合のウグイス嬢だった女性は、浅尾さんのファンだったということで、最後の名前をアナウンスする際に溜めを作るさりげない演出で花を添えました。

浅尾さんの名前がコールされると、名古屋ドームに地割れのような大声援が鳴り響き、浅尾さんのユニフォームを着た女性ファンたちが涙を流しました。

更に、浅尾拓也さんが投げ終わると、前日に引退会見まで済ませた岩瀬投手が登場

浅尾さんと共に中日の黄金期の継投を再現するという粋な演出でした。

すでに引退試合、会見が終わった選手が再登場するのは異例で、これは浅尾拓也さんの引退に花を添えるための特別な措置でありました。

引退後は中日の2軍投手コーチに就任しました。

”新卒の若手よりも若く見えるコーチ”として話題となりました。

チーム会議に出席する際のスーツ姿がネットで拡散されるなど、 注目度は相変わらずです。

コーチとしては、学生時代にキャッチャーを経験していたということで、自らブルペンキャッチャーを務めながら指導するなど、独自のスタイルを確立させています。

現役時代は中継ぎ投手でしたが、守備や走塁やバンドなども上手だったということで、好走守に関わる先発投手の若手育成に期待が掛かっています。

引退後のイケメンランキングでも堂々1位!伝説級のアイドル選手

現在も浅尾拓也さんのイケメン伝説は健在で、野球選手のイケメン話になると必ずと言って良いほどに浅尾拓也さんの名前が挙がります。

2023年のWBCメンバーに大谷翔平、山本由伸、佐々木朗希、ダルビッシュなど多くのイケメン投手が出場したことで、”ここに浅尾のイケメン継投があれば”との声もありました。

浅尾さんのイケメン伝説は外見だけでなく、同期の先発・吉見の継投に失敗した際には”吉見の勝ちを消してしまった”と涙を流すなど、日頃の行動も男前でした。

年間タイトル獲得した際には、”自分は吉見の勝ち3つ消してるので、吉見は本当は20勝で吉見がタイトル”と言い切るなど、言動も素晴らしかったです。

選手に厳しい落合博満監督も、浅尾さんの責任感とプレーを認め、監督退任後は浅尾さんに対して肯定的な発言を連発しています。

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