伊達公子の再婚相手。現在と若い頃。元旦那・クルムとの離婚理由と子供

元テニスプレーヤーの伊達公子さん

東洋人として初の世界ランク10位内にランクインし、引退→復帰の後に世界ランクトップ10の相手に勝利するなど、女子テニス界の重鎮です。

私生活では2001年にレーシングドライバーのミハイル・クルムさんと結婚し、離婚する2016年まで15年間”おしどり夫婦”として知られていました。

現在は日本人の起業家の男性と再婚しており、相変わらずのモテっぷりを発揮しています。

今日は伊達さんがクルムさんと離婚した理由と、子供ができなかった理由、そして現在の旦那について書いてみたいと思います。

伊達公子の再婚相手は誰?現在の旦那は日本人!白髪でダンディなイケメン!

伊達公子さんといえば、2001年にレーシングドライバーのミハエル・クルムさんと結婚し、おしどり夫婦として知られました。

”クルム”の苗字を授かってメディアに出演する伊達さんの姿が印象的で、互いに支え合う良い夫婦でした。

しかし、2016年9月に伊達公子さんはミハエル・クルムさんとの離婚を発表。

その後は、2022年1月に伊達公子さんが再婚していたことが週刊誌によって報じられました。

2001年12月 ミハエル・クルムと結婚
2016年9月 ミハエル・クルムと離婚
2017年 現在の旦那と交際開始
2022年1月 日本人の一般の男性と再婚が報じられる

再婚相手の男性は同じ日本人で、仕事は一般の方です。

実は離婚の1年後の2017年に新しい恋人とデートしてる姿がキャッチされていたのですが、2022年に再婚したのは、その時の彼氏でした。

「A氏のお店は皇太子一家や安倍首相など各界のVIPが通う名店中の名店です。A氏は仕事人間ということもあってか、もうすぐ50歳ながらいまだ独身を貫いている」(飲食業界関係者)

5年間の恋を実らせての再婚で、とても純愛をしていた印象です。

伊達公子の再婚相手は超セレブ!中華料理の支配人で都内一等地に土地を保有

2016年に最愛の旦那・クルムさんと離婚した伊達公子さん。

その6年後の2022年1月に、現在の旦那と再婚しました。

旦那さんは顔は公開されており、スラッとした小顔で、白髪混じりのダンディなイケメンであります。

仕事は高級中華料理店総支配人であることが発覚しています。

都内で有数の中華の名店で、芸能人や政治家が通うミシュラン星が付いてる実力ある店です。

旦那は大学卒業後に都内の5つ星ホテルに就職し、その後に中華料理店グループに転職し総支配人になり、そして現在の超高級中華料理店を立ち上げたのです。

旦那さんの年齢は、伊達さんの結婚挨拶の文面から50代であることがわかっています。

50代に入っている今ではありますが、まだまだこれからたくさんの楽しい時間を2人で積み重ねていきたいと思い、2022年1月に入籍をいたしました。』

つまり、伊達さんは歳が近い相手と再婚したことになります。

以前の旦那さんも同い歳だったので、昔から同年代の男性が好きだったんですね!

伊達公子の旦那の実家は不動産で資産家。創業100年のお酒の卸売業者の代表取締役

伊達さんはミシュラン星の高級中華料理屋の支配人ですが、実家もかなり凄いです。

実家は創業100年のお酒の卸売業者で不動産業も営んでいます。

旦那さんは実家の会社の代表取締役の立場でもあるので、中華料理屋と二足の草鞋を履いているのです。

卸売業ではホテルマンや飲食の経験を活かしてワインも扱うようになり、しっかりと旦那さんなりのカラーを発揮しております。

伊達公子の前の夫はミハエル・クルム。離婚理由と子供を作らなかった理由

元プロテニス選手の伊達公子さんは、2001年にドイツ人レーシングドライバーのミハエル・クルムさんと結婚しました。

名前 ミハエル・クルム
出身地 ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州
生年月日 1970年3月19日
身長 183センチ
職業 レーシングドライバー

日本のトップテニスプレーヤーと世界的なレーシングドライバーの結婚に、当時は日本列島が沸きました。

長くおしどり夫婦として話題となり、”理想の国際結婚”とまで言われていましたが、2016年に突如離婚を発表しています。

15年の結婚生活の中で子供は作らず、伊達さんは離婚後の6年後に早々に現在の旦那と再婚しています。

伊達公子と元旦那ミハエル・クルムの馴れ初めと結婚

伊達さんとクルムさんの馴れ初めは、1999年のフランスで行われた「ル・マン24時間レース」です。

クルムさんが出場するレースに、当時すでに引退していた伊達さんがレポーターとして参加したことで、2人は知り合いました。

クルムさんと伊達さんは友人関係から始まり、その後に交際に発展。

そして、出会って2年後の2001年に結婚することとなりました。

結婚当時の伊達さんとクルムさんは31歳でした。

結婚後はクルムさんのレースに伊達さんが応援に駆けつけたり、2008年に伊達さんが現役復帰した際は、クルムさんが伊達さんの試合に駆け付けたりしました。

公私共に認める”おしどり夫婦”で、2人のような国際結婚に憧れる女性も多くいました。

伊達公子とクルムには子供は生まれず。34歳から不妊治療を開始するも妊娠せず

2001年に結婚した伊達公子とクルムさん。

当時は子供の願望を語っていましたが、妊娠のお知らせは一向にありませんでした。

31歳で結婚ということで、子供を作るなら早い方が良いはずですが、なかなか妊娠ができなかったのです。

伊達さんは2004年の34歳の頃から不妊治療を開始しましたが、その後も子供を授かることはありませんでした。

当時、テレビ番組では夫婦は、

妊娠の難しさを語る伊達公子さん。

「テニスでは努力したら結果はでる、失敗してもそれは次の結果につながる。しかし、妊娠はそうならなかった」

夫が、不妊治療か現役復帰かで悩む伊達公子さんにかけた言葉。

「僕は子供と結婚したんじゃなく、公子と結婚した。君がやりたいことを全て我慢するのを僕は望んでいない」

と発言し、世間の不妊に悩む夫婦に勇気を与えました。

なかなか子供ができないことに精神的に疲弊していたことで、旦那のクルムさんが現役復帰を勧め、伊達さんは2008年に現役復帰を果たしました。

また、入籍時にはクルム姓を選び「クルム公子」となっていた伊達さんですが、テニスのキャリアで名を挙げた「伊達」の旧姓を失ったことで大きな喪失感があったとして、旦那の賛成を得て家庭裁判所へ姓の変更を申し出て「クルム伊達公子」となりました。

伊達公子とミハエル・クルムの離婚理由は”人生の変化”。生活のすれ違い

公私共に支え合った伊達公子さんとミハエル・クルムさん。

お互いを尊い合う素敵な夫婦として認知され、世間からも応援されていました。

しかし、2016年9月にまさかの離婚を発表しました。

2人で長い時間をかけて話し合い、これからは別々の道を進むことを決めました。

16年間共に過ごしてきた中で、2人の人生に変化が出てきたことにいつしか気づき、

この先のまだまだ長い人生を考えると、別々の道を歩むことがいいのではないかという結論に至ったのです。

今でも2人の関係はよく、今年は2人とも東京にいる時間が多いので、共に生活をし、食事も一緒にして過ごしていました。

離婚をしたこれからもその関係は大きく変わることはなく、友達として会うこともあるでしょう。引用:伊達ブログ

離婚の理由は”お互いの人生の変化”だそうです。

決して喧嘩別れというわけではなく、お互いに相手の人生にとってのベストを考えての選択でした。

旦那のクルムさんは、

ここ数年、僕達はお互いの道を突き進み、そしてそれぞれの活動をいつもサポートし合い、励まし合ってきました。僕は公子の大ファンですし、ここ数年の彼女のテニス界における素晴らしい活躍をとても誇りに思っています。また彼女は、僕のクレージーとしか言いようのないようなスケジュールの時ですら、無条件にレース活動をサポートしてくれました。

僕は、きっと公子が僕に対してそうであるように、彼女が今後何をしようともいつもサポートし続けていきます。

と声明を出してます。

一部ではお互いに仕事が忙しく、時間が合わない故のすれ違いが2人の間に距離を作ったと言われていました。

2人が離婚を発表した後の9月28日(伊達さんの誕生日)に、週刊誌「女性自身」が夫婦で住んでいたマンションから出てきた元旦那ミハエル・クルムさんに直撃取材をしていました。

――まだ、公子さんと一緒に住んでいるのですか?

「言えないんです。ごめんなさい」

穏やかな笑顔でそう語って一度は立ち去りかけたクルム。だが、なぜか引き返して来て「パン屋を探してたんです。どこだっけ?」と苦笑い。妻のパン店に行けないので他の店を探していたのだろうか。

――何度も申し訳ありません。どちらかに恋人が出来たとかではないんですよね?

「もちろん、そんなことないですよ。実際のところ、あのブログの通りです。マネージャーが書いたとか、PRのためとかじゃなくて。離婚が二人の終わりではないんです

そう言い残して去った彼が入ったのは、中華料理を格安で提供するチェーン店。

「彼は器用に箸とレンゲを使いこなし、390円のラーメンを食べながら、310円の生ビールをすすっていました。離婚の話も聞いてたので、クルムさんの“おひとり飲み”を見て複雑な気持ちでした」

と、離婚の理由はあくまで伊達さんのブログに出した声明通りであることを強調しました。

伊達公子と元旦那・クルムの現在。本当に仲良しな関係?パン屋に”クルム”の名前

伊達さんとクルムさんが離婚を発表した後は、”本当に円満な離婚だったの?”と疑いの声もありました。

しかし、実際に離婚を発表する前年2015年9月には伊達公子さんの誕生日を旦那・ミハエル・クルムさん祝ったりしていました。

また、伊達さんは離婚を発表する1ヶ月前の2016年8月に「FRAU KRUMM(フラウ クルム)」という店名のパン屋を恵比寿に監修としてオープンさせていました。

店名の「FRAU KRUMM」はドイツ語で「クルム夫人」という意味です。

山あり谷ありの結婚生活で得た苗字に誇りを持ってのネーミングで、開店までにクルムさんも後押しをしてくれたそうです。

離婚から1年後の2017年12月のインタビューでは、元夫が店に訪れることもあると明かしていました。

離婚後も支え合う覚悟で、相手を想っての円満離婚だったのは事実のようです。

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